制作日記ブログ

気になっていること

恭子ちゃん、頭の中が暴走してます。
しかも内に閉じてます。
それを部外者から見たときの視点、
つまり、
自分の頭の中のイメージが部外者にもある程度わかるよう具象化できてるのかどうか
という視点が欠けてるように見えます。
私が前回、メールで書いていたこともそういうことです。
(あのメールは主に恭子ちゃんに向けてで
それにヒトシくんが反応してしまったのは
実は私の中では全くの誤算でした。力不足です。)

デザインがどう、とか、アイディアがどう、
とかいう問題でなくて、頭の中の壮大さに比べて
出来上がってきたものが追いついていない感じです。
ちょっと視点をずらした方が恭子ちゃん自身もすっきりするような気がします。
頭の中の妄想に夢中になるとそれしか見えなくなりますよね。
固執してる感じが否めません。
だから跳べてない。

恭子ちゃんにお願いしたこと覚えてますか?
あきらくんは「整理する能力」といい
私は「作品をまっさらに見てくれる人」
と言いましたよね?
恭子ちゃんにして欲しいのは作品の読解ではなく作品の紹介です。
ただの深読みは作品の邪魔さえしかねません。

わざわざ目に付くようにひとつの記事として書くのは
現在、計画に関わっている人のほとんど(私も)に
上記のような傾向が見られるからです。
もう一度言えば

難しい物言いに弱い。
しっかりしてるように見えてる物に説得されやすい。
知らないことにワクワクしやすい。

でも本当にすごいことは別に難しい言い方の中には無いでしょ?
例えば、子供にもわかる言葉で生き方を上手に説明出来るお母さんの方がよっぽどすごい。
子供に人を殺しちゃいけない、ってはっきり言えるお母さんの方が絶対スゴイ。
私はそういうすごさにひれ伏すし、
「アリス」はそういう方向性(言葉や妄想を超えた物)を模索しようとした作品だと思ってます。

企画運営スタッフの役割は自分の妄想通りにして自己満足することではなくて
まったく違う他者に向かって説明をする、という役割です。
自己満足は今回のこの企画ではアキラくんの仕事です。

これまで出来上がってるところに関して
もう一度やり直して欲しいとまでは言いませんが
この先、続けていってもらうに当たっての心構えとして覚えて置いてもらえたらと思います。

まだ構成を提出してくださっていない方々も
「他者への説明」という観点で組み立てていってもらえたら
と思います。
突飛なことをする必要はありません。
普通で、わかりやすければ、それでいいのです。

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コメント(4)

「ヒトシくんが反応してしまったのは実は私の中では全くの誤算でした」と釘を刺されつつも、一方でまた表明されているように「わざわざ目に付くようにひとつの記事として書」かれていることにおいて反応しておけば、たとえばこの、

> 出来上がってきたものが追いついていない感じです。

が言う「出来上がってきたもの」が、けっして最終的に私がアップしている段階のWebページそのものを指すのではないことはわかるとはいえ、しかし、「出来上がってきたもの」という言葉にこだわればどうしてもその責任はサイト構成案をHTML化している私につよくあって、というのも、「HTMLで何ができ、できないのか」についての技術的な知識がないままにみんなが構成案を考えている現状にあっては私が(私の技術力にしたがって)その判断をすべてすることになり、また、私が面白いと感じる(「自己満足」する)方面の技術によってそのページを実現しようとすることになるからで、ことは技術的な側面だけではなく、みなさんからあがってきた構成案を私は、HTML化する上でかなり編集してもいる。たとえばキャラ紹介について、前回「ドジソンを除くキャラについて(だけ)元に戻」したのは私だが、それは、むろん恭子ちゃんの考えている「意識の流れ」的なものが全面的に伝わるということはほぼないにしても、しかしたしかに元の順番のほうがキャラ紹介単体としてみた場合にセリフの流れ(リズム)がよく、よりエンターテインメント的であり、つまり「他者」への訴求力がある、という私の判断が入っている。

> 「作品をまっさらに見てくれる人」

問題は、ここでいう「作品」とは何なのかということである。スタッフはWebサイトの技術を知らないだけでなく、「作品」そのものについてもまた知らずにいるはずではないのか。完成品としての「作品」はまだその姿を見せていない。(その意味では、「知らないことにワクワクしやすい」人でなければそもそも「現在、計画に関わってい」ない、とも言えよう。) 作りかけムービーの趣旨が宣言するように「過程を見せる」こともまた「作品」のうちにあるのだとすれば、そしてだからこそこうして(「他者」の目の前に置かれる)ブログにおいてもまた企画会議をするのだとすれば、そのことは「作品」自体が「他者」を内包することを象徴する身振りとしてそこにあるだろう。

はたして読解(解釈)を介さない紹介があるだろうか。「作品をまっさらに見」ることもまた、「まっさらに見る(という)見方」によって成り立つのであり、そしてそれは、はたして「他者による見方」と合致するものだろうか。まとまらないが、そうしたことが気になった。そしてまた、「だから跳べてない。」という言葉は、でははたして「易しい」のか、といったことも。

Posted by: 相馬称 at 2004年10月29日 21:51

「作品はこんなの」ページでは、ほんとは私が考えなくちゃいけないような部分もかなり称さんにフォローしていただいて、ありがたくもあり、申し訳なくも思っています。というのも、作品を紹介するための言葉を私がまだ見つけられていないからで、あの絵巻物アイデアは、その、言葉になれないものがかろうじて形になった姿です。それを本当に無理矢理に言葉にすれば、前記のブログのコメントの様に、不格好で説明的に過ぎるものになってしまいます。私はここで詳細に説明しているような事柄の全てを作品紹介の読者に伝えようとはまったく思っていません。料理の出しみたいなもんで、それ自体が意識できるような形で伝わらなくてもいいんです。

でも、できれば、やっぱりなにかちゃんとした「ことば(コピー)」は欲しいと感じていて、というのは「作品はこんなの」ページを見た時の視線の動きとして 「作品はこんなの」->「え、どんなの?」->「アリスはそろそろ何もしないでいるのが退屈になってきました」->(キャラ紹介のスクロール)->(監督のことば)->(推薦のことば) という流れになり、そのなかで

「え、どんなの?」

の後、どうも気分的にスカスカした印象になるのが気になり、読者の欲求に十分応えられていないのでは、という感じがするのです。

多分、この辺が私が自分の中から調達できるものの限界で、あとはいろいろ見たり聞いたり触れたりするしかないと思っています。そういう意味で、まだ内に閉じているし、「跳べていない」とも思います。顔の分からない人たちに何かを紹介するとはどういうことなのか。がんばります。

Posted by: 上山恭子 at 2004年10月30日 03:15

私の最初の書き込みの問題点として
具体的でない
というのが挙げられると思うのですが
それにも屈せず、コメントありがとうございます。
ていうか、ちゃんと言葉に出来てなくてゴメン。

で、書いてから何をどうして欲しいのか、
また少し考えてたんだけど、
ひょっとしてと思い至ったのは

>「作品」そのものについてもまた知らずにいるはずではないのか

というヒトシくんのコメント(と昨日の電話で)
あっ
と思ったんだけど、

誰も知らないんですよ
まだ出来上がってないんですよ
どんなのになるのかスタッフもワクワクと楽しみに待ってますよ

ていう未知感が無いなぁ、ってことです。

多分、今の恭子ちゃんは知らないことを「知らない」と言わないで
なんとか説明しようと躍起になってるんじゃないでしょうか?
それが、気になっていること、の最大の中味だったかも知れません。

>「え、どんなの?」
>の後、どうも気分的にスカスカした印象になるのが気になり、
>読者の欲求に十分応えられていないのでは、という感じがするのです。

「知らない」「わからない」とまず言ってしまうことで恭子ちゃん自身、かなり楽になりませんか?
そうすると説明の仕方も変わってくるような気がしました。
スカスカ感を埋めるのも実はそういうことのような気がしてきました。

自分の今の状態を知って、アナウンスしていく、
すごく大切で難しいことだなぁ。
私も出来てない。
ていうかきっと他人に指摘されないと出来ない。
だからこういう企画をやっているんだなぁ、と改めて嬉しく思ったり。

これからもよろしくね。

Posted by: みえしか at 2004年10月30日 10:28

今、恭子ちゃんのコメント読み返して気付いたんだけど

>顔の分からない人たちに何かを紹介する

ていうのはすごく無理があると思った。
取り敢えず、「顔」を自分の中で設定する。
この人なら協力してくれそうだな、っていう人、とか
この人に紹介出来るようになりたい、っていう人、とか
なるべく身近な人で設定しちゃうとやりやすいような気がする。

特別な人じゃなくて良いと思う。
例えば、私の中では、それは知り合いのおばちゃん(でも独自の活動を外に向けてしている人)とかだよ。

顔の見えない、一塊な人には、私は、お話し(紹介)できないなぁ。

それにさぁ、企業とかスポンサーを諦めたというのは
おそらく、「顔の見えない人」という一塊からの
脱皮だと思ったよ。
(逃避じゃないといいねぇ。)

Posted by: みえしか at 2004年10月30日 11:27

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